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4.圧巻!アメリカ自然史博物館とローズ宇宙センター

  おそらく私ひとりの旅なら絶対に訪ねないであろう場所に、息子はことごとく行きたがった。自分の子供とはいえ、過去から連綿とつながる遺伝子の組み合わせで生まれたわけだから、全く同じ趣味や考え方であるはずはない。
何といっても彼にとって生まれてはじめてのNYなので、なるべく多くのものを見せたいと、その日も朝から行動開始だ。

セントラルパークをはさんで、東側にメトロポリタン美術館、その反対の西側にアメリカ自然史博物館がある。
"自然と人間との対話"をテーマとした1869年設立の荘厳な4階建ての建物の中には、広大なスペースに地球と人類の歴史が包括されている。哺乳類から海洋生物、鉱物や隕石の標本や模型が、あらゆる分類に従って展示され、その数は3400万点を超えるという。一番人気は、4階の貴重な恐竜の化石コーナー。ティラノサウルスをはじめ6部屋にまたがって展示される標本は600点以上あり、85%は複製ではない本物の化石というから驚きだ。
中学生の息子は、いまや興奮のるつぼだ。画廊街では死んだ魚のような生気のなさであった目をらんらんと輝かせ、このまま永久に外に出られないかと思うほどの長い時間を費やしてあちこち写真を撮りまくっている。合間に私の写真も撮ってくれたのはいいが、あとで見ると一緒に並んだマンモスだのステゴサウルスに焦点が合っていることが判明した。

歴史あるその博物館の隣に、2000年にオープンしたローズ宇宙センターが併設されている。その一面ガラス張りの外観は、巨大な惑星を封じ込めたSF映画の宇宙ステーションのように煌々と青みがかった光りを放ち、内部は近未来が凝縮されたかのようだった。プラネタリウムや、色々な企画展示も同時に行われている。昨年秋からの長期企画で、アインシュタイン展や世界の蝶を集めた展示が開催され、にぎわっていた。
さて、博物館は人類の歴史、宇宙センターは人類の未来、といった具合に、本来1つの敷地に存在すること自体大きく無理があるように思えるこの2軒、なんと無謀にも中でつながって行き来できるようになっている。私と息子は、光り輝く宇宙センター側の入り口から入ってしまった。
テロ事件以降、NYでは空港はじめ、あらゆる場所でセキュリティチェックが厳しくなっているが、このセンターの入り口にも、警備員や警察官がものものしく配備されてチェックにあたっている。
見られてまずいものなど持ってはいないが、バッグまで開けて見せねばならないのにはちょっと閉口する。そうしてようやく入ったエントランスのむこうには、さらに閉口する光景がひろがっていた。またしても行列である。チケット売り場まで蛇行しながら、2列になった多国籍の行列が延々とつながっている。なぜにこうも並ぶのかと驚くばかりであるがもはや慣れてしまった。
ただ並んでいて特段することもないので、人々の顔を観察していた。先方様には大変失礼ながら、この「顔を見る」という行為は絵描きにとって重要な意味を持っている。頭の中で人物スケッチをしているわけだ。
携帯電話に向かって盛んにスペイン語でしゃべる人の丸く太った頬。ガムを噛む黒人の顎のあたり。骨ばった彫りの深い顔立ちのロシア人のくぼんだ目元。あまり唇を動かさず話すドイツ人の口元。お人形のようなブロンドの子供。民族衣装を含め様々な色柄の服装。そんな観察をするうちに、自分がどんな顔をしていたか分からなくなってきた。息子もいつだったか、鏡の自分の顔に驚いたと言っていた。
原始人は自分の顔立ちを知らないまま一生を終えたのだろうと考えながら、この行列の先には人類の未来へ向かう宇宙船乗り場が待っているような、荒唐無稽で楽しい想像が脳裏を駆け巡った。

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